紀行

マレー半島縦断列車の旅(5)

 2013年2月12日 池内淑皓
[クアラルンプールへ移動 ]
 11月23日(滞在8日目)今日はマレーシアの首都クアラルンプール(以下KLと略記する)に向けて出発する。ペナン島ジョージタウンのフェリー乗り場から、フェリーでバターワース駅まで行き、8時発KLセントラル駅行きの急行列車を待つ、乗車券は三日前に購入済みだ。
 20分遅れで列車が入線してきた、バターワース駅はマレー鉄道のウエストコースト線の支線となっている。幸い2等車の座席指定切符が取れているから、列に並ばず安心してゆっくり乗車出来る。
マレー鉄道はツーリスト・レイル・パスがあって、5日間、10日間、15日間のフリーパスがある、私もこのパスを入手しようと窓口で相談したら、「70才を越えていたらシニア割引乗車券を購入した方が安いですよ」、と親切な答えが返って来た。従って以降の乗車券は、切符購入の都度必ずパスポートを見せて、乗車券を購入する事にした。
 列車はかつての錫鉱山の町(1848年)として栄えたタイピンを通過する。鉄路はここから山岳地帯に入り、ゴム園とアブラヤシ畑の中を走る、次の町はイポーだ、丁度バターワースとKLの中間に位置した町で、ここも錫鉱山の町として大いに発展した。駅舎に当時の繁栄の名残が残っている。
 KLセントラル駅には14時に到着した。この町での宿泊予定場所は、マレーシアの銀座と云ったおしゃれなエリアとなっており、何でもありの賑やかな、ブキビンタン周辺のゲストハウスを探す事にした。なぜなら行動するのに便利だからだ。KLからモノレールでブキビンタン駅に行き、ガイドブックを片手に宿を探す。
 駅から歩いて10分、探し当てたゲストハウスは廃業したとの事、しからば次の候補の宿に向かう、宿の値段と待遇を比べながらの宿探しは、わくわくする楽しさがあるが、反面見知らぬ土地でガラガラ荷物を引っ張りながらの宿探しは正直少しめげる。
 やっと探し当てた次のゲストハウスもまたクローズとの事、がっくりだ、今までアジアの各国を泊まり歩いて来たが、目的とする宿の二か所が続けて廃業とは初めてだった。やっと三番目の宿で宿泊出来た。一泊1,560円(60マレーシアリンギット) 4泊する。
一階はパブ店でうるさいが、これ以上動くのが嫌で泊まる事に決めた。名前は「ポンドロック・ロッジ」と云う。地球の歩き方に掲載されている為か日本人が結構宿泊するらしい。ガイドブックに記載されている記事程宿の環境が良くない、設備も今一だ、朝食も付くがトーストと卵とコーヒーの簡単なアメリカン、外で食べた方が良さそうだ。ただオーナーのお爺さんがとても良く面倒を見てくれる。



マレー鉄道路線図 地図の北(上)タイ国境パダンブサール、南へバターワース、KL、マラッカジョホルバル、シンガポールウッドランズ(地図の南) 北から南まで884km

マレー鉄道 ニ等車(座席指定) 急行列車のビュフェにて ゆっくりくつろげるのが嬉しいもちろん食事もお茶も出来る
 
”イポー駅”イギリス統治時代の影響が色濃く残り、錫で名を成した名残が残る  
クアラルンプール中央駅(新駅)

[クアラルンプール(KL)を紹介してみよう]

 首都KLは北緯3°に位置する熱帯で、人口180万人。19世紀錫鉱山の採掘拠点として栄えた、町の中心地にクラン川とゴンバック川が合流して、流末はマラッカ海峡に注ぐ、この川床に錫鉱石が発見された。掘り出された鉱石をこの川で洗ったため、泥水の川となってしまった、クアラルン プールと云う名前は、マレー語で”泥の川の合流点”と云う意味ら来ている。その合流点に市内最古のイスラム寺院である”マスジットジャメ”が位置している。
 錫が採れなくなっても町は発展してゆく、イギリスの統治時代を経て現在は国際商業都市となっている。歴史的建造物や各民族の聖地であるモスクや寺院等が町の中に混在する独特の景観を醸し出している。
いくつかの見どころを紹介してみよう。
   
「クアラルンプール発祥の地」 ゴンバック川(左)とクラン川の合流地、錫鉱石をこの川で洗った。
イギリスがこの地を統治するとアラビア、インド、中国等各地から労働者を移入させて働かせた、川の合流地奥に擬宝珠形をした屋根のマスジットジャメモスクが見える 
 
 
「ジャメモスク」1909年建設された市内最古のイスラム寺院、玉葱型の白いドーム、アーチのある回廊、素焼きのレンガで出来ている壁は北インドのムーアー様式の影響を受けているが、イスラムの寺院である、設計はイギリス人。
「KL国立博物館」1963年に建てられたマレーシア伝統を取り入れた宮殿風の造りできれい  レークガーデンにて
旧クアラルンプール駅外観 同駅プラットホーム
1910年イギリス人ハボックの設計よって建設された、13〜14世紀のオスマン・トルコ、ムガール帝国、ゴシック、古代ギリシャの影響を受けた歴史的建造物で、回廊のあるノスタルジックなたたずまいを見せる。ステーションホテルとしても使われている。
2001年現在のKLセントラル駅が開業するまで、マレーシア鉄道の玄関口として使われて来た、今でも長距離列車の停車駅となっている。                            
    

続く